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東京地方裁判所 平成9年(ワ)28137号 判決 1999年7月28日

原告

野澤孝一

右訴訟代理人弁護士

萬羽了

被告

ロイヤル・ウィルソン・リゾート株式会社

右代表者代表取締役

阿部武弘

右訴訟代理人弁護士

船橋茂紀

松井清隆

泊昌之

松尾慎祐

蓮見和也

服部弘志

角谷雄志

河合弘之

町田弘香

松村昌人

市村隆行

本山信二郎

西村國彦

右訴訟復代理人弁護士

栗宇一樹

和田聖仁

早稲本和德

久保田伸

久保健一郎

主文

一  被告は、原告に対し、四八〇万円及びこれに対する平成九年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、預託金会員制のゴルフ会員権を取得した原告が、ゴルフクラブを経営する被告に対し、ゴルフクラブの会員契約に基づき、預託金の据置期間が満了したとして、預託金の返還及びこれに対する遅延損害金を請求している事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、昭和六一年七月一日、訴外東通ロイヤル株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、同社が経営する東通ロイヤルカントリークラブやさとコース(以下「本件クラブ」という。)の平日会員となる旨のゴルフ会員契約(以下「本件会員契約」という。)を締結し、会員資格保証金として、四八〇万円を預託した(以下「本件預託金」という)。(争いがない。)

2  被告は、訴外会社から、本件クラブの経営を引き継ぎ、会員との権利義務のすべてを承継した。(争いがない。弁論の全趣旨)

3  本件預託金について、入会当初に予定された一〇年間の据置期間が経過した。(争いがない。)

4  原告は、被告に対し、平成九年一一月二九日到達の書面で、本件クラブからの退会の申し出をするとともに、本件預託金の返還を請求した。(争いがない。なお、甲二、三)

5  原告が入会した当時の本件クラブの会則(以下「本件会則」という。)六条には、「会員資格保証金は会社に預託し、会社はこれに関して一切の責任を負い、保管運用する。(保証金)はゴルフ場が正式開場日の翌日から起算して一〇年間据置くものとする。但し本クラブ運営上やむを得ない事情がある場合には本クラブ理事会又は会社取締役会の決議により、据置期間を更に一〇年間以内の相当期間延長することができる。」との規定がある。(争いがない。)

6  被告は、平成九年三月二一日、取締役会において、本件会則六条但書にいう「本クラブ運営上やむを得ない事情」が存在するとして、本件預託金の据置期間を一〇年間延長することを決議し、さらに、平成九年五月一六日、本件クラブの運営委員会(旧理事会)において、右取締役会決議を賛成多数で承認した(以下、右各決議を「本件延長決議」と総称する。)(乙一一、一二)

三  争点

1  本件会則六条に基づく本件延長決議が有効か否か。

(特に、本件延長決議が会則六条の「やむを得ない事情」がある場合に当たるか否か。)

2  事情変更の原則の適用により、本件会則六条所定の据置期間が本件延長決議により改定されたか否か。

四  争点1に関する当事者の主張

1  被告の主張

(一) 預託金会員制ゴルフクラブに関する基礎的事情

(1) ゴルフ会員権契約は継続的役務提供契約であり、その中核は、ゴルフ場経営会社が会員に対してゴルフ場等の施設を提供し、他方、会員は年会費等を支払いつつ優先的プレーを享受する優先的プレー権を有することにあり、会員の預託金返還請求権は会員の基本的な権利であるにしても、右優先的プレー権に劣後すべきものである。

(2) 本件会則二条は、本件クラブの目的について、ゴルフを通じて会員相互の親睦を図り明朗健全なる親睦機関たらしめ、併せてゴルフの普及発展に努めることである旨定めており、会員は本件ゴルフクラブの運営、継続に協力すべきである。

(3) 原告は、本件クラブの建設途上で入会した者であって、本件クラブ会員権が将来値上がりすることを期待していたものであるところ、建設途上にあるゴルフ場に入会することは、大幅な値上がりという利益が見込める反面、ゴルフ会員権相場の下落等を原因として投下資本を回収することができなくなる危険性を持つものであり、自己の責任と判断でゴルフ会員権を取得した者は、額面割れによる投下資本回収困難が生じたとしても、そのリスクを甘受すべきである。

(4) ゴルフ場経営会社が資金的に逼迫しているにもかかわらず、固定資産に比して非常に少ない流動資産、内部留保資金を取り崩したうえ、少数の会員に対してのみ預託金を返還することは、他の会員との関係では不公平かつ詐害的な行為である。

(5) 預託金会員制のゴルフ場においては、会員から集められた預託金は、ゴルフ場用地の買収、ゴルフ場造成費、クラブハウス建築費などとして使用することが予定されており、預託金全額に対応する返還原資をプールすることは構造的に不可能である。また、会員は、ゴルフ場に対して預託金の返還を請求することを予定しておらず、会員権を市場で売却することによって投下資本を回収するとともに、据置期間経過後も市場価格と額面額が乖離していないことを前提としていた。

したがって、据置期間が到来し、会員権の市場価格が預託金額面額を大幅にかつ長期的に割り込むという事態が発生し預託金返還請求が殺到すれば、預託金会員制ゴルフ場は倒産せざるを得ないが、このような場合に緊急避難的に預託金の据置期間を延長すべき必要がある。

(6) ゴルフ会員契約は、多数の会員の存在を前提とすることから、集団的、団体的性格を有するところ、ゴルフ場の存続問題など重大な局面においては、多数決原理が適用され個々の会員の権利について一定の制約が生じることは当然の理である。

(7) ゴルフ場経営会社が会員全員に対する預託金の返済が困難な状況にある場合には、大多数の会員はゴルフ場を維持し、プレーを楽しむことを重視し、預託金返還請求に応じる結果ゴルフ場経営会社が破産し、会員権が実質上無価値となることを望んでおらず、こうした事態を回避するため、預託金の据置期間が延長されることを望んでいる。

(8) 右諸事情を考慮すると、ゴルフ会員権の会員権相場が大幅に下落し、会員からの預託金返還請求が殺到する蓋然性の高い状況となり、会員からの返還請求に応じていては当該ゴルフ場経営会社の内部留保資金が枯渇し、ゴルフ場の経営もしくはゴルフ場施設の維持ができなくなり、その結果、すべての会員の優先的プレー権を害することになる場合においては、会員の優先的プレー権を保護し、ゴルフ場経営会社からの資金流出を防止するため、据置期間延長の必要性と合理性がある。

(二) 本件会則六条但書の「やむを得ない事情」とは、右のとおり据置期間延長の必要性及び合理性がある場合をいうと解すべきところ、本件延長決議には、以下のとおり、右必要性及び合理性が認められるというべきである。

(1) 被告は、会員から集めた預託金の大半をゴルフ場造成資金等に投下して誠実に預託金を運用していた。すなわち、被告が本件クラブの新規募集によって集めた本件ゴルフ会員権の預託金合計額は一六七億九一二六万円であるが、被告は右預託金から、本件クラブを開場させるための開発費用、ゴルフ場造成工事費用、クラブハウス等附帯設備建設費用等設備投資として、総額一二七億九一二六万円を使用した。残りの四〇億円についても本件会則六条に基づいて運用した。

(2) 被告は、バブル経済が崩壊する中で、人員削減、経費削減に努めつつゴルフ場のグレードを維持することに努力し、今日まで、真摯な姿勢でゴルフ場の経営を継続してきた。その結果、本件クラブは、レベルの高いゴルフ場と評価されている。

(3) バブル経済崩壊後、本件クラブのゴルフ会員権価格はピーク時に四五〇〇万円であったにもかかわらず、二五〇万円となり、大幅な額面割れとなった。このようなゴルフ会員権価格の下落の幅は、被告も会員もまったく予想できなかったものである。その結果、会員は、市場で売却することにより、投下資本を回収することが困難となり、被告に対し、預託金返還請求が殺到することとなった。

(4) 右バブル経済の崩壊という経済事情の変動に起因して、ゴルフ場入場者数の減少と客単価の減額が生じ、本件クラブの経営状況が芳しくなくなり、ゴルフ場の収益から会員に対して預託金を返還することは不可能な状況である。

(5) 被告の平成九年八月三一日時点における現金預金の合計額は五一二七万八六五〇円に過ぎず、多数の会員からの預託金の返還請求に対応できる状態にはまったくないのみならず、被告には預託金返還債務以外にも借入金債務があり、借入れにより預託金を返還することは本件クラブの財務状況を悪化させる。また、本件クラブの維持管理費用として、最低毎月三〇〇〇万円から四〇〇〇万円必要であり、この点からしても、預託金の返還に応じられる状態にない。

(6) 預託金の据置期間を延長しなければ、被告は倒産必至であるところ、倒産すれば、会員のプレー権は消滅し、ゴルフ場を換価しても抵当権者への弁済に当てられ、会員はわずかの配当金しか得られない。仮に再建型の倒産処理をしても倒産のイメージにより、会員権の価格は急落し、本件クラブの会員であることによって会員が享受しているステータス感も損なわれる。

(7) 本件クラブは、正会員、平日会員を併せて二五〇〇名を越える会員を擁するところ、その大多数が、預託金返還によりゴルフ場会社が倒産することよりも、据置期間の延長により会社が存続することを望んでいる。

(8) 被告は、本件クラブの民主的基盤を整えるべく、平成一〇年三月一二日、運営委員会の委員選出に関して、会員に立候補する権利と投票権を行使しうる選挙制度を採用し、運営委員会を会員で構成された代表機関であり、クラブ運営を担う決定機関として整備し、右の新運営委員会は同年六月一日から発足した。本件延長決議は、同月一二日及び同年七月二日に開催された右の新運営委員会においても、改めて承認されている。

(9) 本件延長決議により延長された期間は短いものではないが、未だバブル経済の崩壊から脱却し切れていない経済状況からすると、ゴルフ会員権価格が相当な価格まで上昇する見込みはなく、三年や五年程度の中途半端な期間では預託金返還問題を解決できないから、本件延長決議の延長期間は合理的なものである。

(10) 被告は、据置期間延長決議に異を唱える者に対しては、関連ゴルフ場の会員権を提供するという代替措置を講じている。

2  原告の主張

(一)(1) 本件会則六条但書の存在を前提としても、もともと、被告が原告の同意なしに本件会則を変更し得る事項はクラブの管理、運営に関する事項に限られるのであって、会員の権利義務に関する事項を変更することは、個々の会員の同意なしにはできない。なぜなら、「本クラブの運営上やむを得ない事情がある場合」という極めて抽象的で被告の一方的な判断によらざるを得ない事由により、会員の基本的な権利が侵害されることは許されないからである。

(2) 被告は、預託金は、ゴルフ場の用地、コース工事、クラブハウス建築費等に使用され、預託金返還の原資となるべき流動資産の型式ではプールされていない、ゴルフ場経営者に対して預託金の返還を請求することを予定していないと主張するが、そうであれば、被告はその意思も資力もないのに、本件会則六条本文で一〇年後の預託金の返還に応ずることを約していることになり、被告は会員を騙して入会させたことになるというべきであるから、本件会則六条は詐欺的規定であり、公序良俗に反し無効である。

(3) 本件会則六条但書は、被告の取締役会又は本件クラブの理事会の決議により据置期間の延長する事ができる旨を定めるところ、取締役会が被告の機関であり、クラブ理事会も被告の意向に沿うものでしかないのであるから、それらの決議により据置期間の延長を定めるということは、債務者である被告の一方的意思で据置期間の延長を決することができることに帰着し、民法一三四条の趣旨に照らすと、約款としての効力を有しない。

(二) 被告は、「本クラブ運営上やむを得ない事情」を縷々主張するが、1(二)の諸事情が本件会則六条の「やむを得ない事情」に当たることは争う。

据置期間経過による預託金返還請求は被告として当然予定すべきことであり、予定された返還請求がなされ、その返還に応ずることが困難であることをもって、運営上やむを得ない事情とすることは許されない。

また、バブル経済の崩壊をもって、やむを得ない事情とすることも許されるものではない。景気の変動は避けることのできない自明の理であり、バブル経済が永久に継続することを前提として事業を運営することは、事業者としてあってはならないことである。被告が主張する事由は、結局は、会員の多数から一時に預託金の返還請求がなされることはないであろうという被告の楽観的な見通しが外れ、被告に支払いに応ずべき資金の用意がなく、返還義務の全部を履行することが困難であることをいっているにすぎないものであって、右「やむを得ない事情」に該当しないものである。

五  争点2に関する当事者の主張

1  被告の主張

(一) バブル経済の崩壊により、ゴルフ場経営会社の経営環境が厳しくなり、かつゴルフ会員権価格が大幅に下落し、ゴルフ会員契約当時予定されていた会員権売却による投下資本回収が困難となり預託金返還請求が続出していることから、契約の基礎事情に変更を生じている。

(二) バブル経済の崩壊は、原告も被告も本件会員契約当時、まったく予測し得なかったことであり、また、予測しなかったことについて被告の責に帰すべき事情はない。

(三) 原告及び被告を当初の契約内容に従って拘束することは、以下の事情を考慮すると、信義則上不当である。

(1) ゴルフ会員権契約は継続的契約であり、継続的契約関係においては、比較的事情変更の原則を認めやすい。

(2) 原告の預託金返還請求が認められれば、他の会員からも返還請求が続出し、被告会社の健全な経営継続ができなくなり、他の会員のプレー権を保護することができなくなる。

(3) 原告の預託金返還請求が棄却された場合、預託金返還請求問題が一応決着することとなり、そのことが市場で好意的に評価されることで、ゴルフ会員権の価値が早期に回復し、市場で売却することによる投下資本の回収が可能となるので、据置期間が延長されることによる原告の被害はわずかである。

(4) 共同財産たるゴルフ場を存続させることは、企業維持の観点からも、社会的にも是認されるべきことである。

(5) 一般会員、事実上の監督官庁である通商産業省、各種マスコミなどで、事情変更の原則の適用が肯定されるような意識が形成されている。

(四) 以上のとおり、本件会員契約については、事情の変更の原則に基づく契約改定が認められるべきであり、本件延長決議により、据置期間を延長する契約の改定が有効になされたというべきである。

2  原告の主張

会則六条が事情変更の原則を定める約款の効力を有するものであるとしても、前記のとおり、被告は、本件預託金の返還義務を免れず、右返還請求が予期し得なかったものということは到底できない。

また、被告が主張する諸事情は、多数の会員から一時的に預託金の返還請求を求められることはないという楽観的見通しが外れ、その返還原資が準備できず、返還請求に応じられないことをいうにすぎないうえ、変動し続ける現代社会において、ゴルフ会員権時価が常に預託金の額を上回るものとの見通しが外れたからといって、いわゆる事情変更の原則が適用されるべきではない。

第三  争点に対する判断

一  前示第二・二の事実に加えて、乙一五並びに弁論の全趣旨によれば、原告が本件会員契約を締結した当初の会則は以下の1ないし7のとおりに定められていたこと、被告は、その後、右会則を前提として、訴外会社の権利義務を承継したことが認められる。

1  訴外会社は、本件クラブを経営管理しており、本件クラブの事務所は訴外会社の会社内に置かれる。

2  本件クラブは、その施設等を利用し、ゴルフを通じて会員相互の親睦を図り、明朗健全な親睦機関とし、併せてゴルフの普及発展に努めることを目的としている。

3(一)  本件クラブの会員には、特別会員、名誉会員、正会員及び平日会員があり、特別会員及び名誉会員は訴外会社の取締役会で推挙したものとし、正会員は、理事会の承認を得たものとし、平日会員は、日曜、祝祭日及び土曜を除く平日にプレイできるものとし、理事会の承認を得たものとする。

(二)  入会希望者は、所定の入会手続きを行い、理事会の承認を得て、所定の期間内に入会金及び預託金を支払うことを要する。

(三)  会員資格は、訴外会社が発行する預託金預り証により相続譲渡することができる。この場合には、譲受人について事前に理事会の承認を得なければならず、譲受人は名義書換料を支払う。

(四)  訴外会社又は理事会は、年会費、名義書換料、その他の費用を決定する。

4(一)  預託金は訴外会社に預託し、訴外会社は一切の責任を負い、保管運用する。

(二)  預託金は、ゴルフ場の正式開場日の翌日から起算して一〇年間据え置くものとする。ただし、クラブの運営上やむを得ない事情がある場合は理事会又は訴外会社の取締役会の決議により、据置期間を更に一〇年間以内の相当期間延長することができる。

(三)  譲渡の場合を除く退会、除名及び死亡等の場合は、預託金を返還する。ただし、正式開場後一〇年間は据え置くものとする。

5  本件クラブの役員は、名誉会長、名誉理事、理事長、副理事長、理事、キャプテン、名誉書記、名誉会計、常任理事、理事、顧問が置かれる。

6  役員は、訴外会社の取締役会において、原則として、クラブ特別会員及び正会員の中から選任し、委嘱する。

理事長は、クラブを代表し、理事会を組織して会務を統括する。

7  会計は全て訴外会社において行う。

そこで、以上の事実を前提として、本件争点について検討することとする。

二  争点1について

被告は、本件会則六条但書に基づき、本件延長決議がなされ、本件預託金の据置期間が更に一〇年間延長された旨主張する。

認定事実によれば、本件クラブは、いわゆる預託金会員制の組織であり、本件クラブの役員が当初すべて被告(権利義務承継前は訴外会社)の取締役会において選任されるものであったことから明らかなように、被告の意向に沿って運営され、ゴルフ場経営会社たる被告と独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体が元来希薄であるといわざるを得ないから、本件会則は、会員に対して団体法的な拘束力を生ずる社団の定款には該当せず、いわば一種の約款としてこれを承認して入会した会員と被告との間の契約上の権利義務の内容を構成するものということができる。そして、会員は、本件会則に基づき、被告に対し、ゴルフ場を優先的に利用する権利を有し、年会費等の納入義務を負い、据置期間満了時には入会時に預託した預託金を返還請求することができることとされているのであって、預託金の据置期間を延長することは、会員と被告との間の契約上の基本的な権利に重大な変更を加えるものにほかならない。したがって、右据置期間の延長を内容とする取締役会又は理事会の延長決議は、原則として、会員の個別的な承諾を得ることが必要であり、個別的な承諾を得ていない会員に対しては、その効力を主張し得ないものと解すべきである。もっとも、本件会則六条但書は、「本クラブ運営上やむを得ない事情がある場合には本クラブ理事会又は会社取締役会の決議により、据置期間を更に一〇年間以内の相当期間延長することができる」旨定めており、被告取締役会及び本クラブ運営委員会(旧理事会)は本件延長決議をしているから、本件において「本クラブ運営上やむを得ない事情がある」と認められる場合には、例外的に会員の個別的な承諾を得ることは必要がないことになる。そして「本クラブ運営上やむを得ない事情がある場合」とは、据置期間を延長しなければならない合理的な必要性が肯定される事由があり、かつ延長決議の内容が右事由との関連において相当な期間であって会員の権利に著しい変更を生じないような場合と解すべきであり、したがって、当該延長決議はかかる意味での合理性、必要性及び相当性を有する限度において有効であると解すべきである。

ところで、被告は、本件延長決議が、バブル経済崩壊後、本件ゴルフ会員権価格はピーク時の四五〇〇万円から、その一八分の一以下である二五〇万円と低落したこと、右バブル経済の崩壊という経済事情の変動に起因して、ゴルフ場入場者数の減少と客単価の減額が生じ、本件クラブの経営状況が落ち込み、ゴルフ場の収益から会員に対して預託金を返還することが不可能な状況にあること、被告の本件ゴルフ会員権の預託金合計額は一六七億九一二六万円であるが、被告は右預託金から、本件クラブを開場させるための開発費用、ゴルフ場造成工事費用、クラブハウス等附帯設備建設費用等設備投資として、総額一二七億九一二六万円を使用し、被告の平成九年八月三一日時点における現金預金の合計額は五一二七万八六五〇円に過ぎず、預託金の返還請求に対応できる状態にはないこと等を理由とするものである旨を主張し、被告の右主張に沿う証拠(乙二、三、一一、一二、二〇の一、二、二一、二二、二八)もあるものの、被告が据置期間の延長が必要であると主張する右各事由は、ひっきょう、経済情勢が予想外に変動して被告の経営状態が著しく悪化したということにほかならない。そして右経営状態の悪化がバブル経済の崩壊という被告の予期しない事態の発生によったとしても、据置期間の到来は所与の事実であり、その間の経済情勢の変動は事業経営者として当然に考慮すべき事柄の一つであるから、これをもって据置期間を延長しなければならない合理的な必要性が肯定される事由であるということはできない。さらに、本件延長決議の延長期間は一〇年間であって、右事由との関連において相当な期間であるとも、会員の権利に著しい変更を生じない程度のものともいえないのみならず、仮に、右据置期間を一律に一〇年間延長したとしても、被告の経営状態が必ず好転し、預託金返還請求に応ずることが可能となることを認めるに足りる的確な証拠もないから、その意味でも本件延長決議に合理性があるということはできない。

なお、被告は、右合理性、必要性及び相当性の判断に関して、就業規則不利益変更に関する判例理論を援用するようでもあるが、右は労働契約関係におけるものであって、ゴルフ場会員契約と適用場面を異にすることは明らかであるから、到底採用することができない。

以上によれば、本件延長決議は、本件会則六条にいう「本クラブ運営上やむを得ない事情がある場合」の要件を充足せず、無効であるというべきである。

三  争点2について

被告は、事情変更の原則に基き、契約改定が認められるべきであり、本件延長決議により本件預託金据置期間の延長がされたものである旨を主張する。

事情変更の原則が適用されるためには、①契約成立当時その基礎となっていた事情に著しい変更があったこと、②事情の変更が契約締結当時当事者の予見し又は予見できなかったものであること、③事情の変更が当事者の責に帰すべきからざる事由によって生じたこと、④事情変更の結果、当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当と認められることが必要であるところ、被告の主張する事情変更の各事由は、経済情勢が大きく変動し、被告の予想以上に預託金返還請求が殺到して、被告の経営状態を逼迫させているということに帰着するものである。しかしながら、もともと、据置期間の経過は将来において当然到来する所与の事態であるうえ、本件会則上、会員が据置期間の経過後に預託金の返還を請求することは当然の権利行使であり、被告は入会契約の当初から当然に予想してこれに備えるべき事態であるのみならず、バブル経済の崩壊のような経済事情の変動等は、被告の予期しなかったことであるにしても、経済情勢の変動は事業経営者として当然に考慮すべき事柄の一つであって、これを著しい事情の変更とまでいうことができない。

以上のとおりであるから、事情変更の原則に基づく本件預託金の据置期間の延長は、これを認めることはできないものといわざるを得ない。

四  以上によれば、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官足立謙三 裁判官中野琢郎)

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